土曜日に山梨の三ツ峠に登ってきました。

雨の天気予報が強風で吹き飛ばされ、一日中とてもきれいな青空で、富士山が見えまくり、紅葉もとてもきれいでした。

この山々は太宰治が「富嶽百景」を書いた頃良く登った山々です。「富士には月見草がよく似合う」という名文、近くの御坂峠の茶屋で師匠の井伏鱒二がおならをするユーモラスな場面など、太宰治の中でもっとも穏やかでおおらかな良い作品です。

しかし太宰治も自殺願望が根強く、何度も心中未遂をして、最後に玉川上水で心中を果たします。

神経ががさつな私には、自殺願望者の気持ちはわかりません。ただ、自殺は殺人と同じでとても大変で失敗も多いと聞きます。人間はなかなか死なないのです。確かに殺人が平気な人間あるいは殺人を趣味としている人が居たら、そういう人に殺してもらうのが一番確実かもしれません。だけどネットで探すのか?

自殺者は孤独だと思っていました。家族にも友人にも何も言わずに、一人逝く。少なくとも私の知っている自殺者はそうでした。ところがこのネット社会は、「孤独」ということも曖昧になってきたんだなあと思います。