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 連休を前にして満開を迎えた札幌神宮のサクラです・・・。 温暖化の影響なのか、一昔の常識からするとGWの前にサクラが咲くなんて考えられない話でした。

 さて、司馬遼太郎氏は大変に多くの著作を遺していますが・・・ 豊臣秀吉を描いた著作はとても多いと感じています。

 その前半生は陽気で殺生を嫌い、戦国時代としては異例の「ひとたらし」で人心を得た人という印象を司馬さんは持たせてくれていますね。

 対して、その晩年たるや別人の趣かあります・・・。 その原因は生まれるはずのない息子(秀頼)が産まれたことによる妄執というものが大きいということで・・・企業経営者にも大きな教訓を与えてくれています。

 司馬遼太郎は、関ヶ原の戦いは実は女の権力闘争であったと断じています。正妻の寧々(北の政所)と淀殿(茶々)との間に起きた軋轢が生んだ戦いであったということですね。

 大坂夏の陣で豊臣家は滅びますが・・・北の政所さんは、秀頼を秀吉の息子とは思っていなかったかもしれません。淀殿と秀頼を追いつめて滅亡させた影の主役であった観すらします。

 太閤秀吉は一代限りの栄華をサクラの散り方のような儚さで見せることによりその人気を永遠のものにした感じがします。

 それに比べて、徳川家は250年を超す幕府を打ち立てて一家の繁栄を永続性のあるものにしました。人気という点では到底及ばぬのは仕方がないですが。

 経営者の立場から考えますと、やはり秀吉さんは天才に過ぎてマネのできない人だと思います。天才に幸運と強運が味方するわけですから天下無敵ですね。

 個人という概念の枠を超えられなかった秀吉の限界を見事に分析して組織経営に専心した家康にはアタマが下がります・・・。私も個人の情に流されないようにしたいと思いますね。

 ただし、人としては家康よりも秀吉の方に強く惹かれてしまいます・・・。 判官びいきというものかもしれませんね。

 少し、違う角度で秀吉と家康を対比させたい方にはおススメの一冊です。

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 北海道神宮に貼り出されている「厄年」「祝い年」一覧表です。私もお祝いの年が近づきつつあります(^^;