忘れもしない2011年3月11日の悪夢から丸6年が過ぎることとなりました。

2011年の大震災により故郷を追われたり、避難した先での厳しい生活や分断された家族の苦難の暮らしを想像するだけで苦しいものがあります。

もしも…私の住む土地で同じ大震災と津波と原発事故が重なってしまったならば、想像を絶する苦難に私たちは耐えて行けるのだろうか?

この春に避難指示地区の指定解除が行われると聞いて気分が暗くなったりもします。

原発事故が起こる前の日本の被ばく基準は1ミリシートベルト/1年間であったものが、今では20ミリシートベルト/1年。

こんな二枚舌の政府の言い分を私たちは簡単に信じない。 

安全です、大丈夫ですと言うのであれば霞ヶ関の役人を含めて行政機関を福島県に全移転するくらいの覚悟を見せてもらいたいものだ

この大震災が起きる前と起きた後を較べて最も大きく変わってしまっことは、日本国政府に対する信頼性の低下であったと考えています。

この国の政府が国民に真実を知らせることは動揺を生むという理由で都合の悪いことを伝えないという姿勢を強めたことを強く批判したい。

医者もいない、仕事もない、農産物は売れないという厳しい現実の中で避難支援金の打ち切りや住まいを追われて無理やりに戻れと言われてもどうしたら良いのか。 私たちは瞠目して今の福島の人々の苦難を見て行かなければならないだろう、他人ごとではないのだ。

私の立場として、既に作ってしまった原発は期限を決めて使えばよいと考えている。新設はしないことと廃炉技術で世界をリードすれば良いという考えである。

原発は、止めていればリスクが無いというわけではないのが国民的な誤解ではないかとも思う、そこに行き場のない使用済み核燃料プールがあるのだから。

そして、何よりも問題なのは止めていてもそのメンテナンスは膨大な維持費が必要であるということである。その経費は全てが電気代として国民が払うことを忘れてはいけない。

東京都知事という存在が今回の一連のゴタゴタで、実は何もしない存在であったことが良くわかったと思う(^^;  せめて、罪滅ぼしに福島に官庁を移転するリーダーシップを誰かが声にしてくれぬものかと強く願わずにおれない。

被災地の人々の苦難がどうか和らいでくれるように、祈りたい一日が明日に迫っています。